<さゆ>
今日はお部屋でのんびり遊んで、お部屋でお弁当を食べました。
年少のHくんがひとり、ロッカーの方で座って、みんなの方を眺めていました。
他のみんなは既に席を決めて、お弁当を詰め終えた子もいます。
しばらく様子を見ていましたが一向に動く様子がないので、声を掛けました。
「Hくん、座らないの?H君も席決めて座ろう。」
この言葉掛けからも分かるとおり、このときの私はHくんを座らせたかったのです。
みんなも座ってるんだから座って、と言っているようなものです。
Hくんは
「みんながどうやってんのか見てた。」
と返事をしました。
Hくんのことですから純粋に、ぽ~とみんなのことを見ていただけだろうと思います。
しかし、そのとき私は座ってほしいという気持ちばかり頭にあったものですから
『何をのんきな~』と思って、Hくんの気持ちを置いておいて
「Hくん、さゆも一緒に席探すから座ろう。」
と、また『座らせよう』としました。
するとHくん。
「…………。」
反応が急に鈍くなりました。
それを見た私はさらに
「はい。お弁当持って。」
と、おせっかい。
「……………。」
さらに動きが鈍くなるHくん。
彼は私の『座らせよう』『〇〇させよう』という気持ちを敏感に感じ取っていたんですね!
その私の魂胆を見抜き、反発(とまではいきませんが…)していたのでしょう。
私の対応が違うことを知らせてくれていたような気もします。
今考えれば、まずHくんのことを理解して受け入れることから
。→「みんな何してるのか見てたんだね。」
そうして寄り添って、受容がしっかりできていれば、よけいな言葉はいらずに、Hくんはすんなりと動き出したかもしれません。
(それでも動き出さなかったら…う~ん…)
〇〇させようなどとは思ってはいけない。
そう思った時点で、こどもの選択や責任が、こども持ちではなくなってしまう。
Hくんとのやりとりで、そう感じました。

